診断主が男女ともいけるように、熱烈なファンとしても取れるようふわっと書きましたが、テーマがテーマだけに女性向けに偏りますのでご注意を。当然、女性キャラもいます!
短期間でかなりの文字書いたので……Twitterで感想とかもらえると報われます(´;ω;`)
喉元過ぎれば忘れるので、褒めてもらえばまたきっとやります(笑)
小鍋の中には、とろりと艶やかなチョコレート。生クリームを入れ、洋酒をひと垂らし。今年は、トリュフを作るのだ。
甘い香りが漂う部屋で、[USER]はひとつ溜息を吐いた。
「いい香り……あげる人はいないけど」
ならなぜ作り始めたかと言うと……。
[USER]はちらりとカウンターへ視線をやった。
そこには、しおりの挟まれた小説が1冊。
だって、彼らはいかにも美味そうに食べるのだ。
小説の中の人物たちは楽しそうに作って、美味しそうに食べていた。
だから、つい。
ちょうど、バレンタインという口実もあったから。
無駄にかわいい小袋に詰めた所で、もう一度こぼれた溜息。
気を取り直して冷蔵庫を開けた瞬間、中からまばゆい光が溢れだした。
しかも、光の奥には見知らぬ景色が見えるではないか。
息を呑んだ[USER]は――
咄嗟にまばゆい光の中へ飛び込んだのは、こうなる期待があったのかもしれない。
閉じていた目を開けた[USER]は、そっと周囲を見回した。
「……ここは? これって、もしかしてもしかするのでは?!」
そう、やってやったのではないだろうか。異世界転移ってやつを。
大好きな小説に登場するような状況に、[USER]は興奮を隠しきれずにガッツポーズをとる。
[USER]が転移した場所は――
「……けど、ここは当たりとは言い難い場所な気が……」
しんと薄暗い森は、浮足立った[USER]の気分をみるみる下降させた。人がいていい場所ではないように思う。
「まさか、魔物がいたりなんて……?」
今のところ、チートな気配はいっさい感じないし、ステータス画面が現れるようなこともない。
ああ、じくりと湿ってくる靴下が気持ち悪い。
[USER]は萎れそうになる心を奮い立たせて歩き始めた。
ふと気づけば、町中の通りで周囲の視線を集めている。エプロン姿は、意外と浮いていなかったけれど、いかんせん靴を履いていない。
[USER]は慌てて視線を走らせ――
「海だと異世界なのかどうか、分からないね」
押しては返す波は、きらきらと砕けて輝いている。吸い込んだ潮の香りが顎の奥をきゅっとさせた。
振り返ると、素朴な民家が並んでいるのが見える。
真っ暗。何も見えない。
高揚した気分はどこへやら、うずくまって恐怖に耐えていると、徐々に目が慣れて来た。
どうやらここは洞窟だろうか。奥の方が明るく感じる。
息を●●て進んでいた[USER]は、ふと目の前が拓けていることに気が付いた。
「うわあ……」
思わず駆け寄って、小さく歓声を上げる。
こんこんと湧き水の溢れる美しい泉。恐ろし気な森の中で、そこだけは浮き上がるように輝いて見えた。
「え、いらっしゃい……?」
趣のある古民家風の建物に入ると、カウンターで寝ていた人が慌てて顔を上げた。淡い緑の髪と瞳、優しい面立ちの美しい青年が、くっきりと頬に木目の跡をつけている。
[USER]は目を見開いてまじまじとその美青年を見つめた。
青年が居心地悪そうに首を傾げたところで、奥から似た雰囲気の女性が出てくる。
定番と言えば、ここだろう。
冒険者ギルド、と書いてある文字が読める。
「ここが、ギルド……」
いかにもな傷跡が木製のドアにいくつも走り、頑丈な石造りの建物は小さな砦のような様相だ。
意を決して軋むドアを押し開くと、むわりと独特の臭気がした。夏場の部室のような、革製品の店のような……。
きょろきょろと室内を見回した[USER]は、思わず表情を変えて駆け寄った。
手つかずの美しい浜辺に惹かれ、しばらく海岸線に沿って歩いていた[USER]の耳に、言い争うような声が聞こえて来た。
「ですから! 尊い身でのこのこ適当な浜辺に上陸してはいけませんって!」
「良いではないカ。けちけちするでナイ」
片方の少し不思議なイントネーションに興味を覚えて首を巡らせると、波打ち際に男女の人物を見つけた。
[USER]はそれを見るなり砂を蹴散らし駆けだした。
素朴な雰囲気のそこは、村という言葉がしっくりくる田舎の趣を感じさせた。不思議そうな視線はあるものの、皆穏やかでにこやかな雰囲気がする。
どうしたものかと彷徨っていたところで、こちらへまっすぐやって来る者がいた。
「すごい……」
[USER]は思わず息を呑んでその光景を見つめた。
洞窟の中のはずだったのに、広々とした大空間は、まるで夜の町。そして、夜の城。
無数の星が煌めくように、小さな明かりが密集して町と城を輝かせていた。
うっとりと心を奪われていた[USER]の背後で、ふわりと闇が動いた。
『――ねえ、ねえ大丈夫? どうしたの?』
ふいに聞こえた声に我に返って顔を上げると、白銀の大きな獣がこちらをのぞき込んで首を傾げていた。
怖くない。この獣は――
「し、シロ……?!」
『あれ?ぼくを知ってる?ぼく、会ったことないのに?』
不思議そうにしつつ、その尻尾がぶんぶんと揺れる。
水色の瞳が親しげな光を宿して輝いた。
美しい泉でしばし英気を養った後、溜息を吐いて歩き出した。
なるべくこの美しい風景が続く場所を歩こう。そう決めて進んで間もなく、[USER]は再び足を止めた。
声を失う風景とはこのことか。
静謐な湖は、呼吸すら憚られる神聖さに満ち満ちていた。
どのくらいそうしていたのだろう。魂を奪われるように立ちすくんでいた[USER]の耳に、低い声が聞こえた。
ハッと視線を動かした先には――
知っている。あの人を知っている!
今、この機会を逃せば絶対に巡り合うことのない、あの人がここにいる!
「あのっ!これ!受け取ってください!好きなので!!」
つい、ストレートに口走ったのも仕方ないだろう。想像上の人物がそこにいるのだから。
[USER]は目をぎらつかせる勢いでチョコを差し出した。
大きな施設だ。城のように見えたけれど、それにしては装飾がなくて扁平な造りだ。
「こんにちはっ!君は見たことないけど、ここの生徒かなっ?」
そう見回したところで、元気な声がした。
振り向くと、弾むようにやってくる小柄な人物がいる。生徒と言うことは、ここは学校?
いや、それよりもやってくる人物はもしや――
「つい出て来ちゃったけど、これが異世界転移なら、結構マズいことなんじゃ……」
なぜなら外と言えば、大抵魔物や盗賊などが闊歩しているのが常なのだ。
今のところ[USER]には戦えそうな気配など皆無。チート能力はないらしい。ステータス画面だって出てこない。
途方に暮れて足を止めたところで、遠くに人影が見えた。
「おーい!おー……あれ?」
手を振りながら駆け寄るうち、振り向いた彼らに既視感を覚えた。
もしかして、これは……?!
「何の用だ?あんた、なんでそんな恰好で……盗賊にでも遭ったのか?」
オレンジ色の短髪が目立つ中年男性が、[USER]の足元を見て目を丸くする。
「えっ?こんな町の近くで?!そんなことあるぅ?」
『アルゥ?』
男性の背後から顔を覗かせた若者が、まじまじと[USER]を覗き込み、その肩から乗り出すように小さな猿までこちらを見つめていた。
「災難でしたね。街はすぐそこですが、心配ならギルドまで送るくらいは致しますよ?」
穏やかそうな線の細い男性は、いかにも魔法使いらしいローブと杖を持っている。
そして、我関せずとでも言うようにそっぽを向いて佇んでいる青年。
[USER]は息を呑んで彼を見つめた。
牧歌的な風景から浮いた、かっちりとした服装、後ろへ撫でつけた髪はいかにも執事という雰囲気が漂っている。
歩み寄って来た彼が、にこりと笑みを見せた。穏やかな笑みの中に、[USER]を縫い付けるような鋭さがあるのは気のせいだろうか。
「こんにちは。私は領主の執事グレイと申します。村では見かけない人物がいると知らせが来ておりまして」
グレイ……間違いなく、あの執事さんだ。湧き上がる興奮を抑えきれず、声が弾む。
「あのっ、どうしてかは分からないんですけど、気付いたらこの世界……いや、国にいて!それでその、本物のグレイさん……??」
清楚で華奢な印象の素朴なメイドさんが、にこっと微笑んで会釈した。
「こんにちは。こちらの村へは、何かご用事ですか?あまりお見掛けしない面立ちでしたので、異国の方がお困りになっているのかと」
なぜだろう、優し気な声かけから感じる威圧感。だけど、これは……このメイドさんは!
「あの、[USER]と言います!決して怪しい者では!マリーさん、ですよね?」
安堵したのも束の間、いつの間にか歩み寄って来ていたルーが、金の瞳を細めた。
息苦しくなるほどの圧迫感。存在の大きさが違う。まとう気配が違う。[USER]がルーを知っているからこそ、かろうじて意識を保っているだけだ。
静かに歩み寄る美青年が、薄い唇を開いた。
「お前、何者だ。なぜその名を――」
ちょうどその時、青年と[USER]に割って入るように何かが飛び込んできた。
『ぼく、どこへでも連れて行ってあげられるよ!乗る?』
シロはにこにこ目の前で伏せをして尻尾を振った。
夢見心地で引き寄せられるままにその背に跨ると、シロはそうっと立ち上がる。
ぐらりと揺れた体に思わず両手を毛並みに埋め、目を見開いた。
なんたる心地よさ……フェンリルの毛並みがこんなに素晴らしい手触りだとは。
『どうしよっか?どこへ行くのがいいかな?』
うっとりしている[USER]に少し困った顔をして、シロはゆっくり歩き始めたのだった。
見たこともないような、巨大な漆黒の獣。
滑らかに光を反射する黒に浮かぶ、金色の瞳。あまりのことに大きく口を開けた途端、さっきの声がした。
「叫ぶな、これ以上近づかん。さっさと森を出て行け」
不愛想な声音は、どう考えても獣のもの。
[USER]は、叫び声をあげようとする口元を押さえ……突進した。獣の方へ。
一方の獣は、髪を振り乱して迫る[USER]に、びくりと身を竦ませた。
「寄るな、人間!こっちへ来るな。聞こえなかったか?」
ちらりと牙をむき出して吠えた獣に、一応足を止めた[USER]が、ほう、と感嘆の吐息を漏らす。
「しゃべってる……すんごい美しい。ここって本当に『もふしら』世界なんだ」
「何を……?もういい、己の足で去らんなら、叩きだすまで」
きらり、と金の瞳が閃いたかと思うと、[USER]の周囲で風が渦を巻いた。
「うわあ……本物。神々し……」
つい口走ったセリフが聞こえたのだろうか、美青年がぴくりと不愉快そうに視線を向け、口を開いた。
「なぜこんな所にいる。立ち去れ」
耳に心地よい低い声。淡々と告げる声音は、神秘性さえ感じた。
「……自ら去らんなら、叩き出すまで」
金色の瞳が細められた瞬間、ふわりと周囲に風が舞い始めた。
「ま、待って!まだ!お願い、ルーさん!!」
[USER]が慌てて両手を振った瞬間、ふっと空気の流れが消えた。
きゅっと鳴き声を上げた小さな獣は、くるくる舞うように[USER]の周囲を漂った。
――ユータみたいな色なの。ユータの色は大事にするの。
「おい、待て!そいつは俺の名を――」
「「「きゅーっ!」」」
突如周囲に出現した淡黄色の小さい獣たちが、一斉に[USER]を取り囲む。
「え、え?何?!まさか、ラピスの魔法を使ったりは……?!」
――大丈夫なの、ちょっと飛ぶだけなの。ラピスはやらないから平気なの。ルーがうるさいから移動するの。
応えるように頷いた管狐たちが、声をそろえてきゅっと鳴いた。
「え、んわああああ?!」
――ぐっどらっと!……たぶん、口は閉じてる方がいいと思うの。
ネズミじゃなくてお願いだから幸運を祈って!
そして、悲鳴と共に空高く舞い上げられた[USER]の耳に、遅すぎるアドバイスが聞こえたのだった。
「ただいま――あれ?」
館のホールへ足を踏み入れた途端、柔らかい何かが勢いよく[USER]の脚にしがみついた。咄嗟に抱き留めたのは、温かい幼児の身体。
ぱちりと瞬いて見上げる黒曜石の瞳と、濡れ羽色の髪。柔らかそうな頬が、桃のようで……。
「ユータ様、帰ってらしたのですか……」
いかにも都合が悪いと言わんばかりの声音に、意識が引き戻された。[USER]と会わせたくはなかったらしいと察するけれど、自分にはどうしようもない。
「あの、ごめんなさい、お客様だった!」
頬を染めて離れたユータが、まじまじと[USER]を見つめる。
その瞳がみるみる驚きと喜びに染まり、再びきゅっと[USER]の脚にしがみついた。
「ねえ!あの、もしかして……もしかしてオレと同じ国の人?」
期待のこもった瞳が、じいっと見上げている。
「じゃあテストね!えーと、『犬も歩けば』?」
「『棒に当たる』」
良かった、難しい慣用句じゃなくて。内心ほっとしていると、黒の瞳が星を浮かべてきらきらと輝いた。
「地球の!日本人だ!!うわあ~~!ねえねえ、お話しよう!この世界のことはね、オレが教えてあげる!」
ぐいぐいと手を引かれるままに連れていかれたのは――
「あ、あの、ご迷惑になるわけには……下ろしていただければ、それで」
「ほら、この方もそうおっしゃっているでしょう。さあ」
「くっ……」
渋々差し出された[USER]を、今度はグレイが受け取る。
……うん?
想定と違う事態に、[USER]は戸惑いを隠せない。
「あの、下ろし――はい、すみません」
鋭利な視線が注がれ、腕の中で縮みあがって口を閉じる。
踵を返したグレイが、そっと耳元で囁いた。
「……逃げようなどと、思わないことです」
そんなつもりでは……!弁明しようと出かかった言葉は、底冷えする笑みを受け、喉の奥まで押し返されたのだった。
目を瞬いた瞬間――まさに瞬間、体が浮いていた。
「そんなことマリーちゃんにさせられるわけないでしょ?!」
背の高い青年が、高らかに宣言して[USER]を抱え上げている。
当のマリーはというと、いつの間にか離れた場所にいた。
「そうですか。では、ロクサレンまで。ちなみに玄関先へ置き配で結構です」
「マリーちゃんの頼みとあらば、このアッゼ喜んでどこまでもお届けするぜ!」
応答の温度差がひどい。[USER]の扱いもひどい。
「ちなみに転移人員的にもう一人くらい、どってことないわけで……マリーちゃんも一緒に――」
「結構です」
マリーはそれだけ言うと、さっさと跳躍して姿を消してしまった。
……抱えられた自分は一体どうすればいいのだろうか。
「マリーちゃん、今日も可愛いな」
頭上でぼそりと呟かれた言葉に、可能な限り存在を消していた[USER]は思わず彼を見上げた。
ほう……と桃色の吐息をついて、今初めて気付いたように己の腕の中に視線を落とした。
「で?あんた誰?なんでマリーちゃんに抱えられようとしてんの?」
アッゼは色濃いアメジストの瞳を不服そうに細め、[USER]を見下ろした。
淀みなく歩くグレイは、廊下を渡ってさらに奥へと進む。館の造りからして、ホールを通った方が近かっただろうに、まるで人目を避けるような――
「……あの、どこへ?」
不安を隠せず見上げると、グレイは前を見つめたまま『私の部屋です』と端的に答えた。
やがて館の端の方までやって来ると、簡素な扉を開いた。
「ここが、グレイさんの部屋……?」
無造作に下ろされたものの、尻の下はベッドだった。柔らかく受け止めてくれたマットレスに感謝をしつつ、ついきょろきょろ周囲を見回してしまう。
ガチャリ
重い音に驚いて視線をやると、扉前にいたグレイが、これ見よがしにカギをチラつかせた。
「ええ、ここが私の部屋です。随分他から離れているでしょう?それに、こうして内側からも錠を掛けられるようになっているんですよ」
ふふ、と浮かべた優しい笑みが場違いで、かえってこくりと[USER]の喉が鳴る。
「どうして、鍵を……」
気付いてしまう。その扉が妙に重々しく分厚いのも、一つしかない窓が二重構造で、格子が嵌まっているのも。
「少し、聞きたいことがあるだけです。優しくしますよ?……最初は」
怪しい銀灰色の瞳に小さく震え、[USER]は必死に口を開いた。
「……少々お待ちいただけますか?」
館の敷地内で、グレイが額を押さえてため息を吐いた。
まるで[USER]などいない者のように方向を変え、すたすたと庭の方へ歩き始める。なぜだろうか、影を縫うように歩いている気がする。
面食らいつつ駆け寄った時、グレイがパッと飛び退いた。
え、と思う間もなく、[USER]に影が落ち――
「うおっ、危ねえ!」
世界がひっくり返ったかと思った。突如狂った三半規管に、完全に目を回して呆然とする。
「なぜ、領主様が上から降って来るんでしょうか?」
グレイの冷ややかな声に、[USER]はハッと意識を浮上させた。
体が横になっている気がする。もしや、倒れてしまっただろうかと焦って起き上がろうとした。
「暴れんな、大丈夫なら下ろしてやるから――つうか、誰だ?」
瞬いた眼前に、精悍な美丈夫の顔が迫る。
まじまじと覗き込まれ、そして自分が横抱きにされていることに気付いて顔から火が出そうだ。
「だ、だ、ダダダイジョウブデス。私は[USER]と言います……決して怪しい者ではなく……」
しどろもどろの説明に、カロルスは胡乱気な顔をする。
「あんまり大丈夫そうには見えねえけど」
「あなたのせいですけどね」
「お前、自分だけ避けたくせに……」
言いながら、カロルスはさっと踵を返して歩き始めた。
腕にしっかりと[USER]を抱えたまま……。
「ここが、ロクサレン家の館……」
すんなり門を開けてもらい、領主はどこに居るか分かりませんと言われてしまった。少なくとも、領主夫人……エリーシャ様には話を通してくれるとのことで、少し時間を置いて応接室へ行けばいいらしい。
館内に入れば、適宜誰かが案内してくれるとのこと。領主の館、それでいいんだろうか。
「あんたよそ者だろ?何しに来たんだ?なんで靴履いてねえの?村に居つくつもりなら、怪しまれないうちに村長かカロルス様に――」
やって来た3人組のうち、日焼けした少年に思い切りストレートに尋ねられて苦笑する。
「ええっと!お困りみたいだから、領主様のところへご案内しようと思っただけで!」
「もし村を出たいなら、他の村まで遠いから……早くした方がいいと思って」
ずいと前に出た少女二人に肘打ちされ、少年が悶えている。
どうも、よそ者はこの小さな村で悪目立ちするらしい。
弾む足取りと声、そして髪。
先生だ。これは、メリーメリー先生だ。
「迷子になったのかな?って言っても高学年だよね?分かった、すっごく方向音痴なんでしょ!先生、案内してあげるよっ」
それでいいのか、と思いつつ、実際場所は分からないので先生について歩く。
「寮の場所とか……えっと、そもそも『希望の光』の居場所が知りたいなと思ったり」
「あ、もしかしてユータくんの知り合い?なんとなく顔立ちが似てるなーって思ったんだ!そういえば髪の色も同じだね!」
髪色はまず気が付くところじゃないのかと思いつつ、曖昧に頷いてみせる。
「じゃあこっち!だけど、先生もあんまりユータ君には会えないんだよねえ。寮にいるといいね」
そう言って先生がにこっと笑った時、横合いから声が掛かった。
そこには――
「あの、グレイさん好きです!これをどうぞ!!好きな人に渡すお菓子です!」
つい口走ってしまったと思いつつ、チョコの小袋を差し出した。
「……私は、あなたと初対面だと思うのですが?」
「そ、そうなんですけど、私の方はあなたを知っているというか。一方的にですけども……!でも素敵だと以前から想っていて!そのためにずっと(新刊)追いかけていたというか」
首と両手をぶんぶん振って弁明するうち、これではストーカーではないかとますます焦った。
「あの、違うんです、だからどうとか、そういうことじゃなくって!!」
「そうですか。では、ひとまず館の方へ参りましょうか。その髪色と瞳……少し、お話を伺いたいのです」
「え、え、館ってあの、カロルス様とかエリーシャ様のいる……?それはちょっと刺激が強いっていうか」
あんな美しい人たちが一堂に会する場所へ行ってしまえば、鼻血どころではないかもしれない。
しかし、何を思ったかグレイはすっと目を細めた。
「……おや。私が好きだ――と、そうおっしゃったのでは?断るのですか……私の誘いを?」
一瞬漂った、酷薄な笑み。
誘いとは名ばかりの脅迫が、氷のように背中を撫でた。
「行かせていただきますっ!!」
ほとんど無意識に飛び出した声と赤面した顔は、グレイにとっては随分と想定外であるようだった。
そして、[USER]がグレイにチョコを受け取ってもらえなかったと気付いたのは、すっかり機会を逸してしまってからだった。
グレイは温厚な表情を崩さないまま、わずかに首を傾げた。
「ええ、私がグレイですが……?」
「そうですよね、す、すみません!ちょっと取り乱していて」
「どうやって来たか分からないとおっしゃいましたが、どういうことでしょう。あなたのこと、館で詳しく聞かせていただけますか?」
ああ、これは疑われている。確かに言動はおかしいし、何なら靴下で外をうろついて……どこからどう見ても不審者じゃない。
「では、ご案内しますよ」
グレイはあくまで表向きは好々爺の仮面を崩さないまま、先へ立って歩き始めた。
「あのっ、マリーさんですよね?ロクサレンの!怪しい者じゃなくて![USER]って言います」
「……私の記憶が正しければ、[USER]様とは初対面だと存じますが」
ああ、空気が冷たい。興奮してしまった自分を反省し、咳ばらいをひとつ。
「いえ、ロクサレンのお話はかねがね伺っていたものですから。ついはしゃいでしまいました」
「そうでしたか。それは、一体どんなお話でしょう?ひとまず、領主館までご同行願えますか?館の者へ引き渡します」
「ええと、それは、客ではないということですよね……?」
マリーはにこっと対外的な笑みを浮かべると、ついて来いと言わんばかりに背を向けた。
「し、信じてもらえないかもですけど、本当に、なぜここに来たのか、来られたのか分からなくて……」
そんな状態で、納得してもらえる説明ができるだろうか。[USER]は、つい俯いて自分の膝を見つめた。
「そうですか」
一言、それだけ言ったグレイを見上げると、彼はにこりと形ばかりの笑みを浮かべた。
信じてもらえたのだろうか……。
グレイは鼻歌でも歌いそうな様子でジャケットを脱ぎ、襟元を寛げ、硬直する[USER]へと歩み寄った。
軽い振動と共に隣に腰かけた、と思った瞬間、視界が天井を向いた。
何の躊躇もなく押し倒され、[USER]はただ、呆然と見上げた。
楽し気に細められた銀灰色の瞳と、[USER]の見開いた瞳が互いを映し込む。
「説明は結構。あなたはただ、私の質問に答えればよろしい」
押さえつけられた場所がベッドなのは、『最初は優しい』範疇だろうか。首根っこを押さえる手袋越しの左手が、今にも締まるのではと、[USER]は身動きひとつ叶わず瞬いた。
「ご存知ですか? 私は、氷を得意とする魔法使いです」
す、と立てた指先の上で、みるみる星のような多面体が形成される。豆粒大のそれに見惚れていると、指で弾いて粉々にしてしまった。
戸惑う[USER]が視線を銀灰色に合わせると、
グレイは右手の手袋を咥え、ゆっくりと引き抜いた。ぱさり、と手袋の落ちる音が妙に大きく聞こえる。
「……素手でないと、微細なコントロールが効かないのでね」
困惑の眼差しに、言って聞かせるように穏やかな声がそう言った。
ひたり、と頬に添えられた右手が冷たい。
「肉体の損傷は、最低限に。それが基本ですから」
グレイは、冷え冷えとした銀灰色を細めて口の端を上げた。
「答えてもらいますよ。その髪と目……ユータ様との関わりについて」
「な、なんでも話します!!グレイさんに聞かれたことなら、何でも!!」
「……随分、素直なことですね」
必死に言い募ると、なぜか残念そうな気配が漂った。
ひとつ溜息を吐いて、じっと[USER]を見つめる。
「では、あなたはどこの誰で、なぜここに来たのか説明できますか?」
「もちろんです!ですけど、きっと信じてはもらえないかと……」
「構いません、事実は事実。たとえあなたが信じているだけのものでも、それがあなたの事実。ただし、それがあなたの人物像になることをお忘れなく。そして、信じるかどうか判断するのは私ではありませんから」
淡々と答えるグレイは、ひとまず何を言っても聞いてはくれるのだろう。
[USER]はこくりと唾を飲んで口を開いた。
連れられるままに執務室へやって来ると、大きな扉をノックした。
中からガタガタと物音がして、『おう』と返答がある。入っていいということだろうか。
ちらりと隣に視線をやると、ここまで案内してくれたグレイが額に手を当てて首を振っている。
「はあ……あの人はまた。私が行くと話が逸れそうです。おひとりでどうぞ。誰かにどうこうされるような人ではありませんので」
それでいいんだろうかと思いつつ、[USER]は思い切って扉を開けた。
「失礼します……」
そうっと覗き込むと、難しい顔をして机に向かう美丈夫がいた。ただ、その髪は妙な方向に寝癖がついていたけれど。
「ああ、お前が黒髪の……。どうした、入って来い」
ぺこりと頭を下げて入室すると、カロルスの頬に何かしらの跡がついているのに気づいてしまう。机の上を見る限り、きっとその封筒の跡だろう。
「……」
「…………」
興味深そうに角度を変えては[USER]を覗き込むカロルスは、まるきり珍しい虫を見つけた子どもだ。ただし、とびきり存在感と圧迫感がある……。
「あの……」
おずおず口を開くと、ハッとしたカロルスが姿勢を戻した。
「おう、悪い悪い!その色がな、ウチの子と同じだからよ」
「珍しいですか?」
「おう、綺麗だな」
ブルーの目が細められ、大きな手がするりと髪を梳いて頭を撫でた。
……これは、完全にユータと同類扱いをされている。
そうは思うものの、面と向かって褒められる経験などなかった[USER]は、ストレートな台詞に言葉を失って目を瞬いた。
「……そ、うですか」
狼狽える自分を不甲斐なく思いつつ、耐えきれず他の話題を探す。
「ええと!それで、どうして呼ばれたのでしょう?」
「知らねえよ?なんで来たんだ?」
「ええ?!不審者として取り調べるのでは……?」
「お前、不審者だったのか」
ぶっと吹き出したカロルスに、[USER]は戸惑いを隠せない。
「あー、それで俺んとこ連れてこられたんだな。じゃ、適当に館でも見て回ってくれ。取り調べ、終わり!」
「えええ……」
グレイさんに怒られるやつでは、と思うものの、敢えて尋問を受けたいわけではない。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「おう。けど、館から出るなよ、逃げたと思われたら厄介だろ。適当にうろついたらグレイかマリーが出没するから、適当に案内してもらえ」
全てが適当……大丈夫なんだろうか。
[USER]は恐る恐る、執務室を後にしたのだった。
「いえいえ、そんな、とんでもないです!!ご遠慮します!」
マリーの本気を感じ取った[USER]は大急ぎで両手を振った。さすがに、可憐な少女に抱えられて行くのは嫌すぎる。
マリーは、納得したかのようににこりと微笑んだ。
「遠慮ですか?でしたら不要です」
言うなり伸びて来た手がするりと[USER]の体に回り――
がっちりと支える万力のような腕は、とても外せそうにない。
せめて、そうせめて横抱き以外にしてほしかった。
[USER]は切実にそう思いつつマリーの腕の中で身を縮めたのだった。
すたすたと歩くマリーを追って村を出た[USER]は、道の先に見えた領主館が思ったより遠いことにげんなりとした。何せ、靴下なのだから。
「どうして、その恰好なのか伺っても?」
ちら、とこちらを見たマリーが不審そうな目をしている。靴だけ盗っていく野盗など聞いたことがない。この格好は間違いなく不審者だ。
「好きでやっているわけでは……。室内にいたのですが、光と共に外に来てしまったのです」
「室内で転移罠に?もしや強盗……にしては妙な恰好ですし」
ふいに小石を踏んでしまい、[USER]が飛び上がった。
「よろしければ、抱えて差し上げますが」
「えっ?」
「よろしければ、抱えて差し上げますが」
淡々と同じ言葉を繰り返されてしまい、そうじゃないと思いつつ言葉に詰まった。
「誰と言われても……ただ不審者として連行されるところの悲しい一般人です」
「まあ、確かに不審者だな?靴はどこ行ったんだよ……アンタは幼児かっつーの」
一応、マリーさんとの関係はないものと納得したらしい。憐れみを込めた視線が寄越される。
「それで、下ろしてもらっても……?」
大の大人が横抱きにされているのは、あまりにもカッコ悪い。靴下で歩いているのもカッコ悪いが……。
「なんでだよ。マリーちゃんに『お願い♡』って言われたからには、身命を賭してやり遂げる他ないって」
いつ、そんなこと言っただろうか。つい真顔になった[USER]が見上げると、アッゼは口の端を上げて笑った。
「行くぜ?これっきりだ。アッゼ様の転移を味わえるなんて、ツイてるなんてもんじゃねえから」
ぱちり、とウインクひとつ。
その瞬間、景色は変わっていた。
「ほい、依頼完了。じゃな!」
本当に、置き配らしい。忠実な男だ。
そして、マリーさんは引き取りに来てくれないらしい。やって来たグレイに案内されるまま、[USER]は館へ足を踏み入れた。
「――どこへ行くのです?あなたが居るべき場所は執務室ですが。その方は仕事の邪魔になりますから、預かりましょう」
庭の奥へ歩いて行こうとしたところで、冷たい声が聞こえた。
[USER]を抱えたまま、カロルスがぎくりと背中を丸める。そうされると、圧迫感がすごい。胸板が、厚い。
呼吸のたびに、頬に押し付けられるそれ。必死に無の境地なろうとしている[USER]の努力が無駄になる寸前だ。
「い、いや、俺が迷惑かけたから、俺が看ておくから!」
「そうされると私共にさらに迷惑がかかりますが。お預かりしましょう」
冷淡な口調で手を差し出すグレイに、カロルスは唇を尖らせて不貞腐れる。
「分かった分かった、執務室に帰りゃいいんだろ!」
「……まあ、どうしても連れて行くなら、構いませんが。カロルス様は執務がありますので、どうぞ見張っておいてください」
「えっ、は、い!!」
突如自分に振られた役割に慌てて返事をすると、素直に受けてんじゃねえ、と抱く腕が締まった。
「はあ、せっかく外に出たのに……」
ブツブツ言いつつふいと上を見上げ――
ぐん、と重力がかかった。そして、耳元でヒョウと風が鳴る。
戻るって、そこから?!
跳躍から、何かを蹴ってさらに跳躍。[USER]はあまりのことに悲鳴も飲み込んで、その首に縋りついた。
「落とさねえよ」
にやっと笑う顔が、触れんばかりの位置にある。
もはや、何が原因で鼓動が爆速なのか分からなかった。
執務室の窓から侵入したころには、もはや息も絶え絶えだ。
「悪いな、連れて来ちまって。けどよ、あいつの所だと息が詰まるだろ?怖いからな!」
フンと鼻を鳴らしたカロルスが、言葉を切ってじっとこちらを見る。身動きの取れない腕の中で、[USER]は酸欠を起こしそうだ。
ブルーの瞳が、黒の瞳の中にくっきりと映りこんでいる。
「な、なんでしょう?!あの、そろそろ下ろして……」
蚊の鳴くような声でようやく訴え、カロルスがああ、と笑った。
「悪いな、お前みたいなのを抱き慣れてるもんでな」
いやいや、ユータと自分では相当違う。そう言いたいのを堪え、下ろしてもらった椅子にちょんと腰かけた。
しかし、領主が離れない。
手招きされるままに一歩進み、さらに進み、さらに……
いやいや一体どこまで寄ればいいのか。さすがに動揺したところで、伸びて来た手が無造作に[USER]を引き寄せた。
こそりと耳元で囁く低い声が、身体に沁み込んでいく。
「……あいつは、行ったか?」
心地よい渋い声と、相反するような子供じみたセリフに思わず呆け、慌てて言葉を探した。
「ええっと、グレイさんですか?はい、1人でと言われたので恐らく……」
「そうか!よし、お前はそっちを使え。俺はここで大丈夫だ」
そっち、と指されたソファーを見て、座っていればいいのかと視線を戻して目を剥いた。
そこには、既に机に突っ伏したカロルスがいたから。
「え、え、大丈夫ですか?!」
思わず肩を揺らしたものの、そういえば相手はカロルスだったと思い出す。大丈夫じゃないはずがない。
「寝入りばなを起こすなよ……」
もう寝入りばなだったのかと驚きつつ、また顔を伏せようとする肩を揺さぶった。
しっかり触れたぬくぬくと温かい肩は、信じがたいほど固く大きい。自分とは造形が違う生き物のよう。
「あ、あの!怪しい人の前で寝ちゃダメですよ!それに仕事しないと、グレイさんに怒られます!」
「くそ……お前もグルだったか……」
むうっと不貞腐れるカロルスが、ふと[USER]を見つめた。
「そうだ!お前に館を案内してやろう。領主としてな!この天気だと、庭は居心地がいいぞ!」
なぜ案内でまず庭なのか。なぜ窓へ向かうのか……。
「ダメですよ!先に仕事をすませてからで!」
「ウッ……お前、そんなとこまでユータに似てるな」