月裏

喫茶店で寝る。大丈夫。

基地で寝る。大丈夫。

図書室で寝る。色のない夢。

地下室で寝る。さくらんぼ転がってる。

月裏さんは蒸し暑い日、魔法使いの店でちいさなことを大げさに言う話をしてください。

月裏さんは月のそばで金星がまたたく頃、ペンキのはげたベンチに座ったままで花でも持ってくるべきだったと思った話をしてください。

月裏さんは昨日の雨がすっかり花を落としてしまった朝、タイル貼りの廊下で優しさから生じた勘違いの話をしてください。

月裏さんは地平線にカノープスが見えるかもしれない夜、白い建物ばかりの一角でした、大きな冷凍倉庫に入ったことがあるという話をしてください。

月裏さんは足元の影が細く長く伸びる夕方、ベランダで幼い頃に教わったおまじないについての話をしてください。

月裏さんは影の長くのびるゆうぐれ、講堂の緞帳の裏できみの使い込まれた赤本についてした話をしてください。

月裏さんは沖に台風がいた日曜日、蛇のいる部屋でやけにきしむきみの髪に触れたことの話をしてください。

月裏さんは満月がしろく輝いていた夜、革張りのソファのある部屋できみを疑いたくなんてなかったんだという話をしてください。

月裏さんは空梅雨のある日の昼、濡れた石畳の道でした、得意だった教科についての話をしてください。

川縁で寝る。錆びたハサミ。

月裏さんは洗濯をしたのに雨が降り始めた日、ユートピアという名前の寂れたゲームセンターでわたしにだけ伝わっていなかった話をしてください。

非常階段で寝る。だれかの傘。