「夜雲様。ようこそ金魚屋へ。金魚がお待ちですよ。さぁ、こちらへ」

金魚を買った。
通されたのは暁天の間と記された個室だった。
いくつも吊るされた行灯が、淡く室内を照らしている。薄闇の向こうに金魚がいた。
部屋そのものが、額縁のようだ。完成された絵画である金魚を飾るためだけに、部屋が存在している。
金魚の黒髪は濡れたように輝いている。触れるとそれは人の毛髪とは少し違うことが解るだろう。
金魚には型がある。今宵を買取ったこの金魚は『芍薬』。立たせ飾る金魚。『水槽』と称されるショーウインドウで見かけ、一目ぼれした。
どこからか風が送られて、金魚の衣装を揺らしている。金魚に歩み寄る。金魚が歌を歌っている。美しいとは程遠い、かすれた声がのどから絞り出され続けた。
ぞくりとするほど、美しいとは。このことだろう。なまめかしい鱗に覆われた白い体が上下する。確かに呼吸はしているのに、生気のない能面の表情。
ああ、その薄布を、引き裂いてしまいたい。
「ねえ、私を攫ってはくれないの?」
はっとする。金魚は気まずそうに目を逸らす。夢から覚めた心地に頭をふって、備え付けられている香をさらに焚いた。一瞬金魚の瞳に見えた哀愁は、すぐに煙が隠してくれた。
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